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水蜜桃の刻
第7章 その指先
頭の中はまだぐるぐるしてるのに、私はどうしてこんなふうに反応できるんだろう──そう思いながら、先生と言葉を交わし続けた。
先生の仕事のこと。
私の仕事のこと。
家族は元気か聞かれて、お父さんもお母さんも変わらず、おじいちゃんも年齢の割にはしっかりしてると、そう答えた。
お兄ちゃんは結婚して家を出たからここには住んでないけど、とも。
「え? 結婚?」
先生が驚いたような顔をして
「うん、2年前。
もう子供もいるよ? 女の子」
続けたその言葉に、マジで? と笑う。
「そうだよ。
私、もうおばちゃんなんだから」
大袈裟に溜め息をつくと、先生がまた笑う。
零れる白い歯。爽やかな笑顔は全然変わらない。
少しずつ。
……少しずつ。
先生と言葉を交わすにつれて、10年の空白が埋まっていくような感覚を私は覚えていた。
あの頃を思い出す。
部屋にはふたりきり。
真面目に受けたその授業。
休憩中のおしゃべりが、すごく楽しかった。
私の話をいつも聞いてくれてて。
相談事にはアドバイスもくれて。
そんな、優しくて、大好きだった先生。
ずっと憧れてた、私より6歳上の先生。
……あの出来事の後も、先生はやっぱりいつも、優しかった。
そんなことを思い出しながら交わす会話。
ようやく、この状況を頭も心も理解できたのか──動揺からかある意味パニックに近かった精神状態は、だいぶ落ち着きを取り戻していた。