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水蜜桃の刻
第7章 その指先
「結婚なんて……してないよ」
口にしながら、思わず先生の左側を見る。
けれどもテーブルの下にあるのか、その手は見えなかった。
「ん?」
視線の方向に気づいたのであろう先生が、柔らかな口調でその意図を尋ねてくる。
慌てて首を振り、何でもないと言わんばかりに私は自分のカップを両手で持ち、口元に寄せた。
ふわりと漂うその香り。
先生が好きな、アールグレイ。
いつの間にか、私も好きになっていた。
その香りに満たされながら、あらためて状況を思う。
これ……本当は夢なんじゃないのかな。
だって先生とこんな形で再会なんて。
そんなこと、まさか起こるなんて。
……信じられない。
けれど、目の前のひとは確かに先生で。
テーブルの上に置いてある、さっきもらった名刺には先生の名前がちゃんと書かれてる。
「何年振りかな」
先生の呟くような言葉に
「……10、年?」
無意識のうちに答えている自分。
「そんなに経ったんだ」
「だって私もう……26だから」
「……え? 26?」
こくん、と頷く自分。
「そっか……そうだよな。
俺ももう32だもんな」
ははっ、と笑う先生に、同じように笑って返す自分。