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水蜜桃の刻
第7章 その指先
『……鈴木さん?』
「え? あ、ごめん……!」
我に返って口にした言葉に、先生が私に視線を流してきた。
無表情だった口元に、ふ……と微かにあの笑みが浮かぶのを目にした瞬間──どくん、と心臓が大きく波打った。
「……悪いんだけど」
無意識のうちに、口にしていた。
「今日、行くの無理みたいで」
『え!? 何でですか!』
「……その、少し体調崩しちゃって」
スマホに戻る先生の視線。
なのに、口元の笑みはさらに深くなった。
どくどくと、心臓の音がうるさくなる。
『もしかして、だからさっき出られなかったんですか?』
「……ん」
電話の声が、もうよく頭に入ってこない。
わかりました、とか、気にしないでゆっくり休んでください、とか……そんな、優しいトーンの言葉たちは、私のこの心臓の音を少しも宥めてはくれない。
「ごめんね」
『いいですから! また今度誘いますね!』
「うん……ありがとう」
……通話終了のボタンをタップし、テーブルにスマホを置いた。
先生がまた私に視線を流してきて
「体調悪いの?」
ふ、と笑いながら口にする。
黙ったまま何も答えない私に
「それともただの約束断る口実?」
そう、また。
私は無言で答えた。
だってそんなの言えるわけない。
先生と会ったから……先生ともう少し一緒にいたいから、なんてそんなこと言えない────。