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水蜜桃の刻
第7章 その指先


でも。


「彼氏?」


その問いには咄嗟に首を振る。
無意識だった。


「違うの?」

「……そんなのいないから。
彼はただの職場の同僚────」

「彼?」


被せるように返される。
男じゃん、そしてそんな言葉も。


「そういうんじゃなくてっ」


慌てて答えた私に、ごめんごめんとまた笑う先生。
もう、と私も苦笑いを返す。


「……でもほんとに?
透子ちゃん彼氏いないの?」

「いません」

「可愛いのにね」

「……っ、だから!」


何でそういうことをさらりと口にできるんだろう?
それとも、私がいちいち反応しちゃってるだけ?


よくわからなくなって動揺した私は、その動揺にさえ戸惑い、焦って顔が熱くなるのがわかった。

わざと避けていた、そういう話。
だってきっと私は平常心ではいられなくなるから。

案の定、落ち着いてきたと思っていた頭と心が、また騒ぎ出してくる。


10年前のあの後、私は先生の前では普通を装おうと必死だった。
そういう話にはならないように気をつけて、実際そうできていたと思う。

……だから大丈夫。
今だって普通にできるはず。


もう一度落ち着きを取り戻そうと、私は試みる。


「もう! からかうのいい加減にしてよね、先生っ」


動揺を誤魔化すかのようにわざと明るく言って、立ち上がる。
先生と少し距離を取るかのようにキッチンに移動した。
そこで新しいカップを出したり、次に何のお茶をいれようかと考えるふりをしながら、棚を意味なく開けたりする。

どうにかして冷静になりたかった。


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