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水蜜桃の刻
第7章 その指先
けれどその指先は私ではなく、カットボードの上にあったさっき切り分けた桃のひとつに触れた。
器用に掴むとそのまま先生は口へとそれを。
「やっぱり美味しい。ご馳走さま」
そして指先を舐める。
……ちゅっ、と音が鳴った。
はっ、と我に返った私は、慌ててカウンターの上のウェットティッシュのボックスを差し出す。
ありがとう、と先生がそれで指先を拭いた。
「ごめんね、行儀悪くて」
首を振る私に
「指、お大事に」
そう口にして、先生は今度こそ玄関に向かった。
慌ててキッチンから出て、それについていく。
靴を履き、ドアに手を掛ける先生の背中。
何か言いたかったけど、何も言えずにただ黙って私はそれを見つめた。
開かれたドア。
外の空気が入り込んでくる。
先生が、振り向いた。
「今日は会えて嬉しかった」
不意打ちのようなその言葉。
私も──ちゃんとそう返したかったのに、掠れた声になってしまって。
なんだか恥ずかしくなって、思わず俯く。
「……連絡待ってるよ、透子ちゃん」
そして降ってきたその言葉に顔を上げると、静かにドアが閉められたところで。
先生の姿は、もうそこにはなくて。
途端に、傷が痛んだ。
さっきまで忘れてた痛みだった。
血は止まっている。
でも、ずきずきする。
指先が。
そして、苦しいぐらいに……胸が。