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水蜜桃の刻
第7章 その指先
……静かに、水道を止めた。
たぶんきっとそれは、10数秒かそこらの出来事だったに違いない。
先生が私の指に触れ、その匂いに気づくぐらい私のそばにいたのなんて。
それなのに、私は。
ああ……。
頬が、熱い。
右手をそこにあてた。
ひんやりと、気持ちよくて。
先生に気づかれないように、そっと、深い息を吐く。
やがて、先生はスマホを耳から離し、画面をタップした。
「透子ちゃん、俺、もう行くね」
そして私を見て、鞄を手にしながらそう言う。
「慌ただしくて悪いけど、そろそろ仕事に戻らないと。
……よかったらまたゆっくり会おうよ」
また、という言葉が耳に響いた。
無意識のうちに頷いていた。
「連絡して?」
また頷きかけ、あ……とそれに気づく。
「えっと、連絡先────」
ああそっか、先生はそう呟いて、テーブルの上の名刺をひっくり返し、裏に何か書いていた。
「これ、俺の携帯の番号」
書き終えると先生はそう言って、じゃ、と玄関に向かいかけ
「あ」
そして何かを思い出したかのように立ち止まった。
振り向いてカウンターに近づいてきたかと思ったら、そこから、キッチンにいる私の方に伸ばされた指先。
え? と、思わずどきっとして身構えた。