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水蜜桃の刻
第8章 熱感


リビングに戻れば、さっきまで先生が座っていた場所に無意識のうちに視線がいった。

ずきずきと痛む指。
思わず咥え、さっき先生がしたように、ちゅっと音を立てて離した。

そして、その指を見つめる。

先生が触れた、この指。
先生に力強く掴まれた、この手首。
同じように、自分で掴む。


「先生……」


はあっ、と深く呼吸をし、目を閉じる。


先生に近づいた。
すぐ横に先生の身体があった。
 
先生の匂い。
清涼感を感じさせるような、それは爽やかな印象だった。
10年前とは違う匂いだと思った。

今起きたそれらのこと。
思い出すだけでこんなにも胸が苦しくなる。


目を開けて、そこを見れば
カットが途中になっている、桃────。

……溢れ出た果汁が、カットボードをひどく濡らしていた。


『思い出すよね』


先生の言葉。
ちゅっ、と鳴ったリップ音。
先生の……匂い。
掴まれた手首。
あの長い綺麗な指が、私の指を握った。


「────……っ」


ずきずきする。
それが指なのか、胸なのか──もうわからないくらいに全身がひりつくように痛む。


先生に会った。
先生に会えた。

嘘みたい。
……本当に?


今更ながら頭の中で繰り返される自問自答。


「……先生っ……」


口に出せば、余計にその感情が高まる。


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