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水蜜桃の刻
第9章 その声


「鈴木さん!」


職場の駐車場に車を停めて降りたとき、声をかけられた。
振り向くと、近くに本郷くんが立っている。


「おはようございます。
ちょうど車が入ってくるのが見えたから。
……体調はもういいんですか?」


私の顔を覗き込むようにしてくる彼に、後ろめたさを隠しながら、おはようと返す。


「ごめんね、昨日。
ドタキャンなんかしちゃって」

「しょうがないですよ。具合悪くなるときってだいたい急だし」


私はその言葉に曖昧に笑い、歩き始めた。
彼が隣に並び、ふたりで歩くような形になる。

ちら、と視線をやると、それに気づいた彼はその視線を受け止めて、にっこりと返してきた。
その人懐っこい笑顔は、男にしては可愛い顔立ちによく似合っている。


「……今度埋め合わせするからね」

「え? マジで!?」


またにっこりと、嬉しそうなその笑顔。

少し馴れ馴れしい? と最初は警戒していたその言動。
けれど許されるまではそれ以上決して深く踏み込んでこようとしない彼を知るにつれ、それは好感の持てるものとなっていた。
わかりやすい、というのは一緒にいて楽だ。
その真意がどこにあるのか探りたくならずに済む。


「じゃあ今日の昼、一緒に!」

「え?」

「急すぎますか?」

「……ううん、たぶん大丈夫」


昨日のことを申し訳なく思う気持ちが、私にそれを受け入れさせた。


「やった!」


本当に嬉しそうに笑ってくれる彼。
心の中のもやもやしたものを、拭ってくれるかのように思えた。


「じゃ俺、先行ってますね!」


先輩はゆっくり来てください、と言いながら、にっと笑うと彼は小走りで私から離れていく。


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