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星と僕たちのあいだに
第6章 猫
それは、今となっては渡瀬の役目なのである。
早苗の心情にかかわる事柄で、渡瀬をさしおいて自分が立ちまわってはいけないという遠慮が圭司にはあった。
『よく考えます』
神妙な口ぶりで答え、カウンターに伏せる早苗の肩に手をかけた。
相当呑んだのであろう。早苗の髪の分け目は、地肌にまで赤味がさしている。
何度か揺すられて、早苗がうるさそうに顔をあげた。
疲れきった表情で目を据わらせ、じっと圭司を見つめる。
『あ……けいちゃん』
目は充血し、舌のまわりも悪い。
『早苗、遅くなったな。
さぁ帰ろう』
早苗は朦朧(もうろう)としながらも、そこにいるのが圭司だとわかると、心もち首をかしげて圭司を見つめ、じわりと涙を浮かべた。
安堵とあきらめがないまぜになったような、笑うような、はにかむような、不思議な表情にゆがんでいく。
圭司は、スタジオから早苗を連れ帰らなかったことを心底から後悔した。
『帰ろ、な』
こくり、と早苗はうなずいた。
足回りの悪いポンコツワゴンが路面の段差で揺れるたび、助手席にうまるように深く身をしずめた早苗の頭もくらんくらんと動いた。
早苗は流れる景色に焦点を合わせようと、たよりなく潤んだ眼を細めたり見ひらいたりしている。
圭司は運転しながら考えていた。
スタジオで別れたあと、早苗が「月ン中」へたどり着くまでになにがあったのか。
頬の腫れには、スタジオで見たあの男が関わっているはずである。
すがる早苗を男が打ったのか、それとは逆に男が無理じいしたのか。
二人の性的嗜好がサドマゾ的なもので、加減ができないほど行為に耽溺(たんでき)していたのかもしれない。
いずれにせよ、早苗に傷を負わせたあの男は絶対に許せない。
こんこんと湧き起こる怒りを胸に食い込ませ、圭司は本気で報復を考えた。
『ねぇ、けいちゃん』
ずっと黙っていた早苗が口をひらいた。
『なんだ?』
むずかる気持ちをうまく鎮めることができない圭司の口調は、いつになく厳しい。