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星と僕たちのあいだに
第6章 猫

くもった車窓に指先をすべらせながら、早苗がぽそりとつぶやいた。
『あたしたちって、
善人の集まりよね。
あたし、そう思う』
『そうだな。
他人の不幸を願う奴はいない』
自分たちは人がよすぎるのだ、と早苗は思った。
三十にもなれば邪知ぶかくなる。損得勘定で友情を吟味し、仲間の出世をねたみ、他人の功績に心中でツバを吐く。
だが、圭司のまわりにいる者はみな、疑いもなく善意にとむ人間ばかりだった。
彼らは、犠牲を払うことに代価を求めない。
富む者が貧にさし出し、丈夫な者が力をそえ、達者が未熟を手伝う。
何があろうと友情を重んじ、理屈で割り切らず、人は失敗するものだという前提で人と接する。
圭司に出会って初めて、そういう度量のある人間関係を知った。
こんな仲間とは一生出会えないだろう。
彼らといると、良い友を持つことは人として誇れることなのだと、自分をほめたくなる。
『あたし、みんなが好き』
嘘ではなかったが、早苗が言えたのはそこまでだった。
倉庫の入り口にギリギリまで車を寄せ、早苗を降ろすべく圭司が助手席にまわった。
着座位置の高いワゴンから降りるのに、泥酔した早苗はあぶなかしい。
『ほら、ここつかまれ』
車から半身を出した早苗の背中に、圭司が手をまわして支えた。
首をまわせば唇が当たる距離で、圭司の匂いに包まれ、早苗は思う。
このまま体をあずければ、圭司は私を抱きしめてくれるだろうか。
早苗は必要以上の力を腕にこめて圭司に寄りかかったが、車から降りたところで、圭司の手のひらの温もりは背中から消えた。
鉄扉を開けた圭司が倉庫の闇に吸い込まれていく。
切なくて泣きそうになった。
もっと寄りかかっていたかった。

