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星と僕たちのあいだに
第6章 猫

圭司は、ふらつく早苗をソファへ座らせて、ストーブに火を入れ、
『水くんでくるから待ってろ』
と、キッチンへ走った。
いちど冷蔵庫をあけたが、冷えた水はアルコールで荒れた早苗の胃に負担になると思い、ストックしてあるエビアンとグラスをつかんだ。
急いでリビングへ戻り、ソファのひじ掛けを抱くようにしてうなだれる早苗にグラスを持たせた。
早苗は、勢いよく水を飲みほして、
『ありがと』
と、口元をぬぐった。
テーブルに置いたグラスに圭司がもういちど水を注ぎ、『もっと飲め』と手渡した。
『ほら、肝臓を洗う気持ちで。な』
圭司はわざと厳しい顔をして、グラスに向けてアゴをしゃくったあと微笑んだ。
ゆっくりうなずいた早苗の湿った目元に、すぐに消えてしまいそうな笑みが浮かぶ。
平静を装うことすらできず作り笑いもままならない。
撮影現場で指揮をふるった、才気にあふれる早苗らしさは面影もない。
もともと華やかな顔立ちゆえに、色をうしなった早苗が思いのほか弱々しく見える。
――――(相当、ヤなことがあったんだな)
圭司はやりきれない思いで、ヘアスタイルを乱した早苗の頭をなでた。
指先にきしむバサバサに乾ききった髪の感触が、圭司の中でふくらんだなにものかにチクチクと刺さる。
早苗から哀しみを切り離す手段がないものか、自分にできることがあるなら何でもしてやりたい。
そう思うと、荒(すさ)んだ早苗と自分との距離を不自然に感じた。
早苗の髪から背中へ手を移し、気持ちと体が前のめりになった圭司に、一瞬、躊躇する気持ちが生まれた。
そのためらいに押し出されるようにして、圭司の心に早苗への愛情が形を成した。
それは造形されたというよりも、古い日記帳を開いて見つけた押し花のように、圭司の持ち物の中からコトンとこぼれ落ちてきたものだった。

