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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『俺もそんな気がしますね。
でっちあげの価値感がみんなを振り回してる』
『私たちメディアのせいですね』
圭司の言葉の裏側を汲み取ったかのように、安藤佐和は口元だけをゆるめた。
『本物にかかわって生きたい。
大げさですけど、
そういう人たちの心を無視してきたような……。
心を満たすって大切ですものね』
そこまで言うと、安藤佐和は手帳を開き、スケジュールやギャラといった実務的な話に切り替えた。
圭司は不自然にならないように、前かがみだった上体を起こして座りなおした。
少し距離をあけて何度か鼻先をはじいたのは、安藤佐和と話すうちに、蠱惑(こわく)的な女の匂いに酔いかけていたからだった。
手帳に視線を落として話す安藤佐和の、つい触れたくなるような美しい額をぼんやり見ながら、圭司は彼女の言葉すべてにうなずいた。
もとより圭司は自分にとって面白みのある仕事なら、ギャラや条件などどうでもいいタイプの人間だが、秘められた強い意志と知性を、ときおり刃物のようにきらめかせる安藤佐和への好感が、圭司を前のめりにさせたのもまた事実であった。
圭司は仕事内容にも契約内容にもふたつ返事で回答し、あっさりと契約書にサインして席を立った。
圭司を見送ったあと、佐和はソファに座りこんで長く息を吐いた。
彼女はなぜか圭司に対し、終始緊張していたのだった。
圭司が立ち去った今も、彼女の胸の奥では遠雷がとどろき、小さな稲妻がひらめいている。
――――(ちょっと、あたしったらどうしたのよ)
編集部側に有利な条件提示に一切難色を示さなかったこともそうだが、白石圭司という若手写真家の、多くの説明を必要としなさそうな懐の広漠(こうばく)さに、佐和はさらなる好印象を抱いたのだった。
角の折れた圭司の名刺を手帳の上に置いてじっと見つめ、
『いいヤツ……』
そうひとりごちて額に手の甲をあてた佐和は、すこし上気している自分に慌て、誰も居ない応接スペースでキョロキョロと周囲を見まわした。