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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『医者行ったほうがいいんじゃないか?』
圭司が心配して言うと、渡瀬は眉間にしわを寄せて口をへの字に結び、うんうんとうなずいて、
『先週からエリちゃん、パタヤに行ってるんだ。
半年前から予約した旅行だから、
絶対休ませてくれって』
と言いながら、おしぼりをきれいにたたんだ。
エリは渡瀬の事務所スタッフでアルバイト事務員として雇ったが、繁忙時(はんぼうじ)にはアシスタントとしても腕をふるう。
活発で旅好きな二十四歳のアルバイターは、年に数回、長期の休暇を雇い主の渡瀬に承服させている。
『実際、いま休まれると痛いんだけどさ。
忙しい時は土日関係なく出てきてくれるし、
どれだけ遅くなっても文句ひとつ言わない。
エリちゃんが休みたいって時は、
旅行のときだけだからさ、
忙しいからダメって訳にもいかなくて。
あさってには帰ってくるんだ』
仕事量が急増した年末以降、ほとんど休みなく働いていて医者にかかる間もないのだと渡瀬は言う。
『ひどくなる前に行っとけよ。
俺たちは体が資本なんだぜ。
誰も守ってくれないんだから』
『ああ、わかってる』
顔をしかめる圭司に、渡瀬は首を突き出して肩を落とした。
『浩ちゃんがどこでメシ食ってるのかって、
麻衣も早苗も心配してるよ』
『あぁ、麻衣ちゃんの料理食いたいなぁ。
外食ばっかしてると、
ありがたみがわかるよ、ホント』
並々とつがれたジョッキが運ばれてきて、圭司がトマトスライスと牛すじの煮込みを註文し、渡瀬はメニューも見ずに焼きホッケを註文した。
註文を済ますなりジョッキに口をつけ、一気に半分ほどを飲んだ。
よほどアルコールが恋しかったのか、渡瀬のピッチは異様なほどに速い。