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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
――――― 二日後
深夜勤を終えた麻衣は携帯電話をチェックして、「はぁーい」と心の中で返事をした。
「今夜はオムレツが食べたい」と圭司から夕食のリクエストが入っていたからだ。
職場からの帰り道にあるスーパーマーケットに立ち寄り、張りの良い玉ねぎをふたつと、つけあわせ用にオクラとしめじを選んだ。
ひき肉と卵をカゴに入れてレジへ向かう途中、台所洗剤が切れていたのをふと思い出して再び売り場へ戻った。
ラックに並んだ洗剤を手にしてしばらく悩む。
界隈の日用品店よりも値段が高いのである。
『100円の差は大きいな……』
こんなとき無理をしてでも安い店に寄り道するのだが、なんだか今日は薄い膜に体をおおわれるような気だるさがあって、それがために倉庫とは逆方向にあるドラッグストアへ行くのに面倒を感じた。
ひとしきり迷ったのち、麻衣は手にした洗剤を思い切ってカゴに入れた。
麻衣にまといつく気だるさは、決して物うい気配をおびた倦怠(けんたい)ではなく、むしろ、安心してまどろみに没入できそうな心地よさをともなったものであった。
そうした疲労感は、夜ごとの圭司との濃密な求めあいが原因なのであるが、体だけでなく、おつむにまでゆるみを感じるのは、よろこびで満たされた心が飽和して、何かいいものを自分の中に生じさせているのだろうと麻衣は承知していた。
だから日中の穏和な気だるさも麻衣には好ましく、ちょっと愉快な気分になってしまうのである。
――――(幸せ疲れってあるんだわ)
自分の頬に貼りついた、なんともしまりのない笑みをはずせなくて、柱巻き鏡に映る幸せそうな表情の自分に微笑みかけた。
――――(はたから見たら、私、変な人よね)
自分自身をほどいたあの夜から、圭司と体を重ねることが楽しくてしかたない。
その時間が待ち望む自分を、「みだらだなぁ……」と心の中で笑った。