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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
――――(うまくいかないもんだな)
渡瀬が早苗をあきらめるのは圭司にとって残念なことであったが、その反面で圭司の心には、おぼろげではあるが、荷が下りたように軽く感じられる部分もある。
それは早苗が誰のものにもならないことで得られた安堵である。
圭司の心の片隅で身をこごめて息をついている何かは、早苗が誰からも放棄され続けることを願っているのかもしれなかった。
――――(早苗にとって一番の害悪は、俺かもしれないな)
自分の真意をつかみかけて、圭司はいやな気分で首を振った。
『きょうは俺に払わせてくれよ』
勘定は渡瀬が支払い、ふたりは店を出た。
婚約を一番最初に自分に伝えてくれたのが嬉しかったと、渡瀬は満足げに笑った。
渡瀬の今日一番の笑顔であった。
ほのかに酔いのまわったふたりはいい気分で歩き、すぐ近くにある渡瀬の事務所が入る建物の前で別れた。
古ぼけたテナントビルのうす暗い階段を上がっていこうとする渡瀬に、圭司が声を張った。
『帰る日には電話しろ。
浩ちゃんの好きなメニュー
麻衣にお願いしとくよ』
振り向いた渡瀬は、やはり笑顔だった。