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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
キーボックスにバイクの鍵を掛け、頭頂部が傷だらけのヘルメットを脱いだ。
圭司は朝から玩具メーカーの打ち合わせに出かけていて、しんと静まり返る倉庫には誰もいない。
渡瀬からは週末まで戻れないとメールがあり、早苗はフレデリックミシェル大阪店のオープン立会いで一昨日から出張中である。
『こういうときに限って居ないのよね』
今すぐにでも抱かれたいぐらいなのに、と麻衣は、もてあまし気味の劣情を無人の倉庫でひとり晴らそうとも思ったが、圭司の帰りを待つことにした。
圭司が帰れば今夜は朝まで二人きりなのである。
それを考えると、頭の芯がふんわりとマシュマロのようにやわらかくなった。
――――(特大オムレツでお迎えしなきゃね)
気を取り直してキッチンへ行きかけたとき、郵便受けの口金に黄色い封筒が挟まっているのが見えた。
「海浜公園管理事務所」と印刷された大判の封筒は厚みがあり、麻衣に宛てられたものだった。
――――(なんだろ?)
封をあけると、中にはふたつの封筒と一筆箋が入っていた。
ひとつは百貨店の商品券で、もうひとつの封筒には手紙が入っているようだった。
封筒の宛先欄にはなにも書かれておらず、差出人は「滝沢直也」とあり、「直樹」と連名があった。
――――(直樹? あのときの男の子?)
直樹の無毒な汗の匂いと、小さな手が麻衣の五感に思い出された。
水仙の挿し絵が右下に印刷してある紙幣大の一筆箋には、流れるような達筆がふるわれている。
《先日のお礼を申し上げたく、
お礼状の転送を管理事務所様にお願いしました。
あなた様にお礼状をお届けできますことを、
息子ともども喜んでおります。
滝沢直也、直樹 》
――――(達筆すぎて、読めないわ)
苦笑して、麻衣はもう一通の封筒を開いた。
にじみのない美しい濃淡で描かれた文字は、便箋の上で優雅な調べを奏でるようであった。