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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
麻衣の圭司への愛情は、求婚される以前よりもずっと主観的で意義深いものになっていた。
日ましに強まる、圭司をどこにもやりたくないという思い。
それはたとえるなら、鍵付きのケースに圭司を閉じこめて、誰にも開けられないように鍵穴をつぶしてしまいたい、という独占欲である。
いまの麻衣にとって、圭司は生きていくのに不可欠な酸素や水と同じような存在で、もし圭司を失うようなことがあれば、自己の精神的な死を免れないであろうことを麻衣は自覚している。
だからときおり¨心を鍛える¨のであるが、その鍛錬(たんれん)方法を寝物語に話して圭司に笑われたことがあった。
それは、高層ビルの窓から下界を眺めたときに、もしここから落ちたらどうなるだろうと不謹慎な想像をするのと同じように、幸せの真っ只中でもし圭司がいなくなったら、という危うい妄想をしてみるというものだ。
考え始めると、それが絶対にないとは言い切れないと思えてきて、被虐的な心の遊びを飛びこえ、不安がじわりと麻衣の背をなでる。
それを我慢できなくなるまでこらえ、限界に達したところで圭司にすり寄り、『目一杯、甘えられるだけ甘えるの』だと麻衣が告白すると、圭司は、俺がいなくなることなんてないと笑い飛ばした。
だが、麻衣は大真面目だった。
『絶対にいなくならない?』
『ならないよ』
『絶対よ?』
『ああ、絶対だ』
そんな痴話や甲斐ない心の鍛錬もまた、小さな歓びのひとつとなって麻衣の胸を泡立てる。
そうして麻衣は、心の揺れをうまく収拾できるようになった。
幸福感にはしゃいだり、喪失に恐怖したり、忙しく心を乱されるのも、愛の持つ豊かさのひとつだと思えるようになったのだった。
――――(もぅ……早く帰ってきてよ……)
大きなあくびが出た。
ビロードのような春のあたたかな空気のなかで、麻衣はほのかに笑みを浮かべたまま、するするとまどろみに吸いこまれていった。