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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『今日の先生、
なんだかすごく疲れた感じがしてて……。
朝から胃腸薬と鎮痛剤飲んで、それでも治まらないから、
通りの向こうのクリニックで、
痛み止め打ってもらってくるって出てったんです。
絵の具で塗ったみたいに顔色がひどくて……。
心配で、私ついてこうとしたんですけど、
ちょうど編集さんから電話が入って、
取り次いでる間に行っちゃったんです。
そしたら、外が騒がしくなって……』
静かに流れていたエリの涙はやがて嗚咽となり、息継ぎもやっとで会話が成り立たなくなった。
多忙なさなか休暇をとったことと、様子のおかしい渡瀬に付き添えなかったことを負い目に思うあまり、エリはそれきり泣き崩れた。
『そうか……』
圭司はつかんでいた手をゆるめ、エリの背をさすった。
『大丈夫だよエリちゃん。だいじょうぶ。
アイツは殴っても死ぬような奴じゃない。
呑んでぶっ倒れて、今まで何度もあったんだ。
だから大丈夫だよ』
交通事故ならば即死も考えられた。
だがトラックはぎりぎりのところで停止したのだ。
接触を免れた渡瀬は、きっと命を拾ったに違いない。
運転手もよくぞ止まってくれたものだ。
圭司は、心の中に立ちこめていた暗闇に一条の光が差すのを感じた。
トラックと倒れた渡瀬のあいだに降り立った、不可視の何ものかへの感謝の気持ちでいっぱいになった。