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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
なすすべなく長椅子にどさりと腰を落とし、ICUのランプが消えるのを待っていると、待合室から携帯電話を耳にあてたエリが出てきた。
『あ、圭司さん』
エリは立ち上がった圭司の手をとり、伏せるようにして非常口から表へ出た。
外は、しのつくように雨が降っている。
彼女は非常口のひさしの下で片方の耳を押さえて雨音をさえぎり、電話の相手にこくりこくりとうなずいては、申し訳なさそうに何度か頭を下げていた。
渡瀬の状況をどこかの編集者に伝えているようだった。
手短に通話を終えたエリに、圭司がつめよった。
『浩ちゃん、どうなんだ?』
一度圭司を見たあと、エリは足元に目線を落として難しい顔をした。
『トラックは、先生をひいてないんだそうです』
『どういうことなんだ?』
目をみはる圭司に、エリは表情を変えずに続けた。
『運転手が言うには、
左折しようとしたら先生が突然倒れたって。
その直前で停まったからひいてないって言うんです。
でも横断歩道の真ん中で人が急に倒れちゃったから、
救急車を呼んだんだそうです』
『なんだよそれ。
事故じゃなかったのか?』
エリは静かにうなずいた。
『私、事務所の前が騒がしいのに気づいて
上から覗いたんです。
トラックの前に先生が倒れてるのが見えて、
びっくりして出て行ったんです。
下に降りるまでに救急車に載せられてて、
てっきりひかれちゃったんだって……。
搬送される病院を聞いて、それで、
すぐ圭司さんに電話したんです』
『でも、浩ちゃんの意識なかったんだよな?』
『ピクリとも……動かなくて……。
何か持病はありませんでしたかって
お巡りさんに訊かれたんですけど、
私、なんにも知らなくて、
でも先生、意識なくて……』
そこまで言うとエリは狼狽し、ぐずぐずと泣きだした。
圭司はいら立ちを隠さず、エリの肩をつかんで揺さぶり、しっかりしてくれと言った。
大きく息を吸いなおしたエリは、何度も洟(はな)をすすり、唾を飲みこみながら途切れ途切れに話しはじめた。