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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
不快の色を表情に浮かべた圭司をなだめるように医師は続けた。
『路上で昏倒されたそうですが、
幸い頭部に損傷はありません。
黄疸と高熱が目だった症状です。
現状、患者に意識はなく予断を許しません。
状態が改善するまでICUで二十四時間全身管理されます』
『良くないんですか?』
医師は利発そうな瞳をまぶたで隠した。
状態が良いように聞こえたか?
そう言いたげだった。
『私たちには守秘義務があるので、
これ以上は申し上げにくい。
患者のご家族に連絡してあげてください。
それでどうか、察してくださいませんか』
表情に出さなかったが、医師の態度には何か重大な事実を知りえた人間特有の、息苦しさのようなものがあった。
一礼したあと薄暗い廊下を行く医師の背を見つめ、圭司は、力が抜け落ちた肩と両腕をひどく重く感じた。
おそらく医師は、渡瀬に改善の見込みがないと自分たちに示唆したのだろう。
取りつく島のない、糸口の見えない、話し合う余地すらない疎外感。
つかむもの、頼みとするものがない心もとなさ。
つながりを断ち切られていく痛みとさみしさが、エリと二人、長椅子に腰掛ける圭司につのっていく。
渡瀬がこの世のどこにもいなくなるかもしれない。
かけていたハシゴを外されたような、この日、二度目の落下の感覚は一種異様な恍惚感をともなっていた。
深刻な現実からの逃避願望が、懸命に精神の均衡を保とうとする圭司の脳内に、麻薬的な何かをばらまいたようだった。
不謹慎な笑みが圭司の顔に浮かぶ。
表情が思うようにならず、とっさにエリから顔をそむけたが、圭司の笑顔はじっとりと涙で濡れていた。
遠くの空が紫にまたたき、雨は廊下の窓を強く叩きはじめた。
その降りかたに、圭司は天の悪意を感じた。