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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
長椅子でしばらく瞑目(めいもく)していた圭司は、さまざまな薬品が揮発しているかのような医療施設独特の匂いが嫌になって、非常口の外へ出た。
扉を開けたとたん、大きな雨音に聴覚が支配される。
少し離れた国道の街路灯が白く明るく光り、矢のように降り注ぐ雨を銀色に輝かせていた。
麻衣に電話して、自分が救急病院にいることを説明した。
勢いよく電話に出た麻衣だったが、渡瀬の状態を聞くと大きく動揺しながらも、思い当たるふしがあると言い、おそらく肝臓かすい臓に異常があるのではないかと診たてた。
『すい臓は薄くて小さな臓器なの』
麻衣は続けた。
すい臓に炎症や腫瘍ができると、中を通る胆管が圧迫されて胆汁(たんじゅう)を排出できなくなる。
行き場のない胆汁の色素が血液に乗り、それが皮膚にあらわれるのが黄疸(おうだん)だ。
もしガンであれば、特に小さなすい臓からはすぐにガン細胞が飛び出して、隣接する背中の神経をおかし、腰や背中に痛みをもたらす。
もしかすると浩二さんはその痛みを、過労からくる筋肉痛だと思いこんでいたのではないか……。
『症状がまぎらわしくて、
体調不良と間違いやすいの。
すい臓は体の奥深くにあって、
観察が難しい。
暗黒の臓器って言われてる……』
麻衣はそう言ったあと、ため息をついて黙りこんだ。
医療従事者である麻衣の沈黙には、面談室で医師が漂わせたのと同じ種類の息苦しさがあった。
『家族の方に連絡してあげたの?』
『やっぱりしたほうがいいんだ?』
『うん……』
『そっかぁ』
医師と同じく、家族に伝えろという麻衣の言葉に圭司は落胆した。
難しい臓器の説明よりも、ここへ家族を呼ぶということのほうが、渡瀬の状態がいかに深刻であるか、より解りやすい説明だった。
『大丈夫?
私もすぐに向かうから』
黙した圭司を気づかうように、麻衣が声をかけた。
圭司を抱きすくめる、優しい声だった。
『あぁ……大丈夫。
おふくろさんに電話するよ』
『早苗さんには私からしとこうか?』
『うん、頼む』