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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
電話を切り、圭司は渡瀬の母親に同情した。
渡瀬の父は五年前に肝ガンで亡くなっている。
そして今度は、実の息子が生死の境をさまよっているのである。
渡瀬には悪いが、母親の立場から言わせてもらうならば、これほど残酷で非道なことはないだろう。
生きている間に我が子を喪うということが、肉親にとってどれほどの苦艱(くかん)であるのか、子供のいない自分ごときに、そのすべてがわかるわけではない。
だがわからないまでも、いかんともしがたい同情を抱かずにはいられない。
電話に出た渡瀬の母は、『あららぁ、圭司クン、久しぶりやないのぉ』と、親しげに応答したが、渡瀬の状況を聞いて、しばし絶句した。
非常口の庇(ひさし)に打ちあたる雨音が、無言の母をいたぶるようだった。
ややあって、気おくれを取り戻すように渡瀬の母は圭司をねぎらい、丁寧に礼を述べたあと、今からなら最終の新幹線に乗れそうだ、すぐに準備して病院へ向かう、それまでどうか息子をお願いしたいと、静かに、申し訳なさそうに言った。
『お母さんが来るまで、
浩ちゃんのそばを絶対に離れません』
『圭司クン、おおきに、おおきにな』
何度もそう言いながら、渡瀬の母は電話を切った。
携帯電話を握りしめる圭司の目に、あとからあとから涙がこみ上げた。
それは、電話を切るぎりぎりまで、何度も感謝の言葉を口にする渡瀬の母のけなげさに、圭司のもっとも深いところからあふれ出した、切ない涙であった。
実の息子の安危(あんき)の分かれ目であっても、渡瀬の母は人前で決して取り乱すことなく、息子の友に感謝し、人の親として社会の規範をまっとうしようとしている。
その気丈な振る舞いに、圭司は心を打たれた。
恥の何たるかを知る、日本女性の気宇(きう)を見た思いがしたのだ。
――――(立派なおふくろさんだよ)
そばにいる自分たちが現実にしっかり対応しなくてはいけない。
圭司は、涙をふいた。