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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
長椅子でうつむくエリに『向こうにいるから』と告げ、とぼとぼと通路を歩き、ロビーの待合椅子に腰をおろした。
節電で照明の半分が消灯された薄暗いロビーは、窓がないせいか妙に静かで、激しい動揺と狼狽を繰り返した圭司の心を、少しだけ落ちつかせた。
足を組んで上着のポケットに手を突っ込み、ぶどう色にかげる天井をぼんやり眺めながら、ふと、西島会長の言葉を思い出した。
「ものごとってのは、一瞬にして変わるんだな」
あぁ、まったくそのとおりだなと、圭司は心の中でつぶやいた。
ほんの一瞬、時をまたいだだけだ。
それなのに、見える景色がまったく違うものになった。
重大な出来事をはらんだ瞬間が人生のそちこちにあらかじめ仕込まれていて、どうあっても「ある瞬間」を避けられないようになっている。
そんな気がしてならない。
人は、自分に与えられた時間も、先にある出来事も知ることはない。
だが、無限の因果関係が遅かれ早かれすべての事象に答えを出すのならば、この世界のあらゆる出来事は、物語のようにすでに書き上げられていることになる。
自分たちはその物語のとおりに人生を体験し、あるいは他の物語を見聞きし、「因」によってもたらされる「果」に向かって流れゆく時を、いたずらに眺めるだけの受動的な存在でしかないということか。
渡瀬という人間を形作り存在させる物語の中に、今日の夕刻、事務所の前の交差点で昏倒し、搬送先の病院で落命するという一文が書かれているのだろうか。