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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
  
過去にも渡瀬は、急性アルコール中毒で意識をうしない、酒場で大騒ぎになったことがあった。
専門学生時代には、酔った勢いでヤクザ者と口論になり、持ち前の正義感を振りかざして挑んだものの、顔の形がわからなくなるぐらい痛めつけられ、しばらく身動きできなくなった。
仲間で見舞ったとき、その程度で済んでよかったな、もし相手が刃物を持っていたとしたら、常識の通じない狂人だったなら、お前はここに居ないぞ、と皆でからかったものだった。

自分もそうだ。
子供のころ、サッカーボールを追って丁字路に飛び出した瞬間、走ってきた車に跳ね飛ばされた。
その日は大型ごみの収集日で、廃棄されていた分厚いマットレスの上に落ちて命拾いした。不思議なことに怪我ひとつなかった。
すぐ脇にはコンクリートの電柱が立っていて、飛ばされた方向が少しでもずれていたら、ただごとではなかった。

渡瀬がチンピラに刺されなかったのも、気絶するまでバカ呑みして死ななかったのも、渡瀬の物語にその一文がなかったからだろうか。
自分の物語には、跳ね飛ばされた先にマットレスが捨てられている、と書かれてあったのだろうか。
渡瀬の物語に、今日の日のことは何と書かれてあるのだろう。
そして自分たちに訪れる、「ある瞬間」というものは、ものごとをどう変えるのだろう。

――――(書いたヤツを捕まえて、ぶん殴ってやりたいよ)

圭司は、ふぅーっと息をついて、『ばかばかしい』と考えるのをやめた。
それが解ったとして、物語の一文を書き換えるすべを持たないからだ。


 
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