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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
春に渡瀬が倒れてから、二ヶ月が過ぎた。
医師の的確な判断と施術で急迫の状況をしのぎ、容態が安定したところで大学病院へ移された渡瀬は、体中をくまなく検査した結果、重症急性すい炎と診断された。
特定疾患、いわゆる「難病」に指定されている病である。
あの日、すい臓の自己消化を引き起こし、ショック状態で搬送された渡瀬は、死の寸前まで容態を悪化させたものの、人工透析と抗生物質投与でどうにかもちなおした。
次回の手術に向けてリハビリを続けているが、将来的に糖尿病を覚悟しなければならないという。
渡瀬の乱暴な飲酒癖と生活習慣が招いた結果である。
だがそれでも最悪の結果ではなかったことを、麻衣をはじめ周囲の者はみな大いに喜んだ。
病は、本人の気づかない肉体の弱点をあざとく狙う。
もし急性すい炎を発症することなくあのままの生活を続けていれば、肝ガンだった父親の遺伝素因から、近い将来、渡瀬が胆道系にガンをわずらう確率は高い。
今回、すい炎の症状が出たことによって、肉体の弱点に気づけたのは幸運だったと受け止めるべきだろう。
今後の養生が肝心なのだ。
それにしても、あんな心優しい人間に神様はきついお灸をすえるものだと、麻衣はいまいましい気持ちをぬぐえずにいる。
渡瀬のように遺伝情報にいたずら書きをされたり、何の因果か、病を背負わされてこの世に生まれおちてくる子供がたくさんいる。
彼らに、いったい何の罪があるというのか。
あらかじめ弱点をはらませておいて、それでもなお生きろとは、どういう了見なのだ。
――――(まったく、腹が立つわね)
そう胸の内で息巻いてから、麻衣は『ああ、いけない、いけない』と首を振った。
そうじゃない。
他と比較してどうかじゃない。
他人を哀れんだり、自分の不幸を嘆いて神様に八つ当たりするのはお門違いってものよね。
在るか無いかっていう単純な喜びに私は左右されがちね。
いけない、いけない……。
体の弱点は個性のひとつ。
欠陥ととらえるか、特質ととらえるかはその人の心の持ちようだわ。
いいことだって、あるんだもの。
『でも、ここのお肉は、もうすこし少な目でもいいなぁ』
ふとももをなでながら、麻衣は残念がった。