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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
第九章 涙のゆくえ
『お疲れさぁん、気をつけてお帰り』
警備員の声かけに、とりわけ明るい笑顔を返して、麻衣は勤務先の駐輪場からバイクを出した。
晴れ上がった空は、ことさら明朗で青がまぶしい。
シートの下には病院の売店で買った、ミックスジュースとサンドイッチを詰めてある。
夜勤明けの朝を麻衣がひとりで過ごすことは珍しくなくなった。
圭司のスケジュールが立てこむようになり、早朝から撮影現場に向かうことが増えたからである。
棲み家の掃除や片づけといったこともやりつくしてしまい、麻衣は、もてあまし気味の時間を読書とケアマネ試験の勉強にあてるようにしたが、圭司のいない倉庫へあわてて帰る必要もなく、お天気の日は海浜公園へ立ち寄って、海辺の光や風を浴びてから家路につくのがもっぱら気晴らしになっている。
平日の公園は、ベビーカーを押す親子連れと年寄りがちらほら散歩する程度で、人出は少なく静かだった。
広大なコンテナヤードを越えて、浜風が海の音を運んでくる。
ときおり、けらけら笑う幼児の声が海鳴りのあいまに聞こえた。
麻衣はベンチに座り、ぐいと手足を伸ばした。
『はあぁ、きもちいい』
陽光が絹糸のような斜光線を幾筋も空にひいていた。
清々(せいせい)と抜けていく一陣の風には、すでに夏の気配が満ちている。
麻衣のまなざしは自然と柔らかみをおびた。
――――(お日様を楽しむようになれるとは思わなかったなぁ)
紙パックに差したストローをちゅっと吸い、サンドイッチを頬張った。
遊歩道の両脇を飾るタチアオイが朝の空気に慎ましく香る。
梅雨のあいだにぐんと伸びた花茎には一番上まで花がつき、遊歩道は花の回廊となって芝生広場を極彩色にくまどっていた。
『あ、そうだ』
サンドイッチをくわえた麻衣は、リュックからスマホを取り出して目の前の風景を写真に収めた。
《はやく良くなぁれ!》
コメントをつけ、病床の渡瀬に送信した。