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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
果物ナイフとりんごを手に、大技に挑む曲芸師のごとくフゥーっと息を吐く。
『やるわよ』
表情を引き締めた早苗は、黒目を顔の真ん中寄りに、多少ぎこちない手つきでりんごにナイフを這わせ、ときどき唇の端から舌先をのぞかせて、ゆっくりと丁寧にりんごをむいていく。
その様子を眺める渡瀬の胸に、感傷的なものが染み出した。
なんというのか、
いつ見てもきれいな女だなぁ。
どんどんきれいになる。
ただ、きれいってだけじゃ
こいつの魅力は説明できないよな。
目線を外せなくしてしまう女なんだよな。
この女に俺はずいぶん真面目に惚れてきたんだ。
胸熱くして、心燃やして。
雄叫び上げたくなるくらい、大好きでたまんなかった。
世の中っていうのは皮肉なもんだ。
俺の好きな女は、俺の親友に惚れてる。
俺はそいつも大好きで、やきもちひとつ妬けやしない。
まったく、運命とかいうイタズラ好きは、
いったい何をどうしたいんだ?
お願いだから、
この女を必ず幸せにしてやってくれよな。
俺の未練なんて、どうでもいいからさ……。
皮のむけたりんごをかざして、早苗が得意そうにアゴを上げた。
『さ、むけた。
じゃじゃん。どうよ、これ』
りんごは思いのほかきれいに皮をむかれていた。
『じょうず、じょうずだよ』
渡瀬はメガネを浮かせて鼻梁(びりょう)をつまみ、うるんだ目頭をふいた。
『ん? どうしたの?
そんなに感動しなくてもいいわよ。
麻衣ちゃんに習って猛特訓したんだから。
りんご病になるかってぐらい、
りんご食べたわよ』
『りんご病って
食ってなる病気じゃないよ』
そうなの? と言って、早苗は皿の上で小さく切り分けたりんごに爪楊枝を刺し、渡瀬の口もとへ差し出した。