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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
『はいどうぞ。
りんごは医者要らずって言うらしいわ。
あ、でも、胃に負担かけないように、
よく噛まないとダメよ。
はい、召し上がれ』
『なぁ、早苗……』
首をかしげた早苗を見つめ、渡瀬はそのあと自分が何を言おうとしてるのか解らなくなった。
『ありがと……ありがとうな』
礼を言い、りんごを口に入れたとき、渡瀬はりんごの甘酸っぱさと同時に、男としての限界を感じた。
あたかも早苗は、渡瀬が口にしようとした言葉を理解したかのように、視線を外して小さくうなずき、枕元に活けてあるガーベラをじっと見て『きれいね』と言った。
『これは造花だよ。
生花は持ちこめないんだ。
うちの事務員さんが飾ってくれた』
『エリちゃん?』
『そうそう。
あ、そうだ、早苗の知りあいで
エリちゃん使ってくれるとこないかな。
転職先を探してやんないと。
俺こんなだし、復帰もいつになるかわかんない。
事務所もたたもうかと思ってるんだ』
渡瀬の言葉に、早苗が一驚した。
『え、なんで?
せっかく構えた事務所なのに。
もったいないわ。
つなぎきれない取引先もあるでしょうけど、
復帰すればまた戻るでしょ?』
『そんなに甘くないよ。
いくらでも代わりはいる。
それに、俺、退院したら
地元に帰ろうかと思ってるんだ』
『京都?』
『そうどす』
とってつけた渡瀬の京言葉に、早苗は息をもらして小さく笑った。
『決めたの?』
『うん』
目をそらして返事した渡瀬の横顔には、隠しきれぬ苦渋の色が見てとれる。
『そう』とつぶやいて、早苗はうつむいた。
しばらくの沈黙のあと、
『あたしのせいよね……』
早苗がぽそりと言った。
『違うよ。早苗のせいじゃないよ』
早苗は首を振った。
そして少し視線を泳がせたあと、また首を振った。