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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
――――(ったく、どこまでもイイ女だよ)
渡瀬は照れたように笑い、早苗の手を握りかえした。
『ふられた女に、
こんなにも愛されてると思えたのは初めてだよ。
ありがとうな、早苗』
病人らしくない晴れ晴れとした渡瀬の笑顔に、早苗はおもはゆそうに顔を伏せ、
『いままで、ごめんね』
と言った。
短い謝罪に込められた、汲めども尽きぬさまざまな思いを渡瀬は察した。
やさしさや愛情の確かさが、想う相手を苦しめることもあるのだと―――。
『早苗があやまることじゃない。
俺は座ったまま手を伸ばしてた。
早苗のそばに行って、
手をとらなかったんだ。
振り払われるのが怖くてさ。
チンケなプライドだよ。
でも、みんなからいろいろ学んだ。
圭ちゃんには信頼がいちばんだって。
麻衣ちゃんからは愛嬌だな。
早苗からは、
正直こそ誠実なんだってことを教わったよ。
みんなを尊敬してる。
一生の仲間だよ』
心の中でくすぶっていた何かがすぅっと消えてなくなり、蘇生感に満ちていくのを渡瀬は感じた。
自分たちが性的な関係を持つことはもうない。
けれども最上の友人であり続けるだろう。
『早く治すよ』
微笑みあった。
そして二人はおのずと身を寄せて柔らかいハグを交わし、互いの背をなであった。
『二、三日来れないと思うけど、
何か要るものある?』
『パジャマは麻衣ちゃんが来てくれるし。
あ、そうだ』
渡瀬はロッカーに磁石でとめてあったメモを早苗に渡した。
『絵本なんだ。
たぶん大きな書店にしかないと思うんだけど』
『へぇ、いいわね。探しておくわ』
渡瀬が絵本に向き合う意味が、癒しを得ようとするものだけではないような気がして、早苗は嬉しくなった。
『早く良くなってね。
みんな、待ってるから』
メモを手帳に挟み、『じゃ行くわ』と手を振った。
病室の窓から見える駅への連絡通路に、トートバッグを肩にかけ、しっかりとした足どりで前を向いて歩く早苗が見えた。
やがて改札口の人ごみにまぎれてゆき、早苗の姿が見えなくなったとき、渡瀬は恋の終わりを感じた。
駅前を埋める人波を見ていると、この世で幸福に暮らすことが、とんでもなく難しい望みのように思える。
けれども、自分はきっといつかまた、大切な誰かを好きになるだろう、と渡瀬は思った。