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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
人にはそれぞれ感情の回路がある。
麻衣の心は敏感すぎて、身の回りに起こる何事をも自分の中に取り込んでは、悲しみの回路につないで心をショートさせてしまう。
こぼれた涙は、焼きついた回路を冷やす冷却剤のようなものだろう。
だからなぜ泣くのかを訊いたり、無理に涙をとめる必要はない。
泣きたいときに泣きたいだけ、安心して泣かせてやることだ。
気が済むまで涙することで、麻衣が癒されるのだとしたら、ただ、真の抱擁で包み続けてやればいい。
そして焼きついた回路が冷めたならば、ひとつひとつつなぎ直していけばいい。
いたらない所や手の届かない所は手伝ってやればいい。
時間がかかっても丹念につなぎ直していくことが、つまりはそれが、麻衣を愛するということなのだ。
そうしていつか麻衣が、自分をイジメた悲しみを許せるようになればいい。
『私、いつもメソメソしてイヤね。
嫌うでしょう?』
愚痴るように涙声で麻衣が言った。
言ったあと、くだらない質問をしたと、また麻衣の心はくもった。
こんなしみったれのジメジメした女を良いと思うわけがない。
『人の心は複雑だからさ。
簡単に色分けできるもんじゃない』
好きか嫌いかという核心をわざと外して答える圭司の斟酌(しんしゃく)に、麻衣は救われた気がした。
嫌いだと言われても、なおせない。
好きだと言われると、もっとつらい。
『私……』
複雑に変形した気持ちをいったいどう言えばいいのか、明確な言葉にできず麻衣は口をつぐんだ。
ときおり大きく息をのむ麻衣を見て、圭司は、麻衣が何かを言おうとしている気配を読んだが、おそらく麻衣の中に芽生えているであろう何らかの自己否定をあおってはいけないと思った。
気持ちの熱さにまかせて何か言ったとしても、本心からかけ離れた埒(らち)もない言葉を選んでしまうものだ。
『麻衣が自分で話したくなったら、
そのとき聞かせてもらおうかな。
きょうはもう休もうか』
そう言って、圭司は麻衣の額に唇をあてた。
雲がかかったのか、月明かりが薄らいで倉庫の闇をいっそう深くした。
『ごめんなさい……』
蚊の鳴くような声で言うと、麻衣はいっそう身を硬くして、さめざめと忍び泣いた。
麻衣の謝罪が何を意味するものか、圭司にはまったくわからなかった。