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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
電車は高架橋を越えるとなだらかな坂をくだった。
車窓の景色が低くなっていくのとともに、背の高い建物が少なくなりはじめ、線路沿いの道路を走る車が近くに見えるようになった。
大きなカーブを過ぎて、窓に差し込む陽射しの向きが変わり、うつむき加減に目を伏せた。
時間をつぶす手立てもなく、じっと電車の揺れに身をまかせていた麻衣は、窓外をゆく車を眺めながら、あんなにも大きなトラックは運転するとき後ろが見えているのだろうかとか、派手なオープンカーで髪をなびかせている運転手は、急な夕立にどんな慌てかたをするのだろうか、などとぼんやり考える裏で、父から着信があったときの、あの期待感は何だったのだろうと思い当たる節を探しはじめていた。
何もかもが面倒でなまけ心しかなかったはずなのに、電話が鳴ったあのとき、一瞬何かが頭をもたげた。
あれは一体、何だったのだろう……。
目的地のひとつ手前の駅で、ベビーカーを押した母子が同じ車両に乗ってくると、麻衣は、ごくりと唾を飲んだ。
滝沢父子と過ごしたあの日以来、小さな子供への慈しみや愛しさの感覚は、麻衣にとって幻肢痛(げんしつう)のようなものとなっていた。
すでに納得し、断念していることであるにもかかわらず、その自覚とはうらはらに、得体の知れない焦りや痛みにつながってしまうのがつらかった。
ベビーカーには赤ん坊がちんまりと納まっていて、くわえたおしゃぶりがときどき小さく上下に動く。
ごく単純に、かわいいな、という感情がわき、麻衣の頬は自然とゆるんだが、赤ん坊を見ているうち、つきたての桜餅のような赤ん坊のみずみずしさが、二、三日前の薄気味悪い夢を思い出させた。