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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
タイミングよくホームに滑りこんできた電車は、クーラーがよく効いていて、つかんだ手すりのひんやりとした感触が心地よかった。
ドア付近に身を置いた麻衣は、それとなく周囲を見まわした。
期末考査の時期で、昼間の電車にしては高校生と思しき制服姿の女子学生が多く、ローファーのつま先を内向きに、揺れる車内でバランスをとる彼女たちはお喋りに楽しそうだった。
どの子を見ても活発な表情がかわいらしく、手入れの行き届いた黒髪がつやつやとしている。
そのうえ自分が学生だったころより、今の高校生はみなお化粧が上手だなと感心させられた。
麻衣の斜め前に立つスーツ姿の男性は、重そうにふくらんだカバンを足元にはさみ、吊革につかまって流れる景色を遠い目線で追っている。
暑いさなか背広を着て、窮屈そうにネクタイで首元を絞め、ぴくりとも表情を変えずに汗ばんでいる。
こうしてみると、外で働く男の人は本当に大変だなぁ、と麻衣は男に同情した。
大きなカバンの中身は何だろうか。
こういうスーツを着て仕事をする人というのは、会社というところでどんなことをしているのだろう。
いろんな書類にハンコをついたり、コピーをとったり、会議をしたり、そんな場面をテレビドラマで見たことはあるけれど、「会社員」という人の具体的な業務について私は何も知らないな。
いや、よく考えると私は病院の外のことは、あんまり知らないぞ……。
テレビドラマであるようなこと以外に、こうやって電車に乗って、厳しい表情で吊革につかまっているのも、これから向かう先で難しい仕事が待ち受けているからなんだろう。
気の毒なほど汗をかいて、重そうなカバンを持ち歩く以外にこの人の苦労を知らないけど、そうして毎月のお給料を頂いているのだろうから、その仕事には大きな意味があるに違いない。
この人の苦労が報われればいいのになぁ……。
そう思った麻衣の頭の中に、「がんばる」という言葉が浮かんだ。
けれども、その言葉を思い浮かべた自分に疲れを感じた。