この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
高校生の麻衣が看護師を目指すと決意し、その思いを父に告げてから、これまで口うるさく言われた異性との交際や門限、それ以外の生活態度について、あれだけ厳格であった父はとたんに何も言わなくなり、それからというもの、たとえどんなに気まぐれでわがままなことであっても、麻衣のやりたいことはすべて許された。
恋に落ち、一大決心して、男のアパートで暮らしたいと頭を下げたときでさえ、父は笑顔で麻衣を送り出した。
一人娘の何もかもを信頼し、余計な干渉をしなくなった父の寛容さに、当時の麻衣は不思議さと見放されたさみしさを感じ、もしかすると父に再婚の話があるのではと勘ぐったりした。
一年前、造影検査の結果を知らされた父は、悲しげに微笑む娘を前にして、押し黙ったままテーブルの湯飲みに視線を落とし、小さな声で『そうか』とだけ言った。
何かを飲みくだすような、しぼむものを膨らまそうとするような、麻衣が今まで見たことのない父の表情がそこにあった。
「だいじょうぶよ、おとうさん」
落胆を隠そうと無理に作った麻衣の笑顔が、かえって父を哀しませた。
子供のころの腹膜炎の手術に原因があると聞かされた父は、娘を不憫に思ったのではない。
唯一の家族である一人娘に降りかかった災厄をすべて自分のせいだと恨んだのだ。
「お茶冷めたわね、入れなおすわ」
台所で湯が沸くのを待つ麻衣が、ふと目をやった父の背中は、娘にも亡き妻にも詫びているように見えた。
麻衣はそのとき、これまで自分がどれほど注意深く大切に扱われてきたのかを悟った。
そして、気づいた。
医療従事者になりたいと告げたあの時、父は、将来の目標を定めた自分をひとつの人格として認めてくれたのだと。
父は高校生の娘を放任したのではなく、教えたかったのだ。
決意した人間は、己にも、その夢にも責任を持って臨まねばならないということを。
だからこそ麻衣は、自分を無理やり前に向かせた。
前の男との折り合いが悪くなりはじめても簡単に実家へは戻らず、最後の最後まで、関係修復の糸口を探したのである。