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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
―――――盛夏、夕刻。
満員の地下鉄をおりた早苗は、港湾地区行きの私鉄には乗り換えずに改札を出た。
乗降客をひらひらとかわして地上へあがり、足早に書店へ向かう。
西空を茜色に染める真夏の太陽が、ひしめき合うように建つビルとビルのあいだから一日の終わりを告げていた。
以前、渡瀬から頼まれた絵本を註文し、それが入荷されたと知らされて受取りに来たのであるが、A4変形サイズの絵本は中身の詰まったトートバッグに大きすぎたので、早苗はカウンターで書店の手さげ袋に入れてもらった。
書店を出て駅へもどる途中、化粧品を物色しようと入りかけたドラッグストアの入り口で、店から出てきた女性とせまい出入り口をゆずりあった。
女性はいちど通路をゆずったあと早苗と目を合わせ、あれ? と何か思い出したように眼を見開いて早苗を見た。
その表情で早苗は、女性と自分のあいだに面識がある気配を悟ったが、すぐに思い出せず中途半端な笑みを女性に返した。
『あら、こんなところで会うなんて』
女性は早苗に親しげな声をかけた。
髪を結い上げた見目よい額の清潔感と卓抜した服装のセンスで、相手が安藤佐和であることに気づき、早苗は、
『あぁ、こちらこそ』
と笑顔で会釈した。
昨年、ブランドPRの一環で何度かメールを交わした出版編集者のひとりで、フレデリックミシェル東京店のプレオープンで初めて会い、名刺交換したのだった。
そのとき安藤佐和が申し入れてきたフレデリックへのインタビュー取材を早苗がセッティングした。
通訳を介さずインタビューしていた佐和の、知性を強く感じさせる顔つきが印象的だった。