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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
『書店で本を買ってくださるなんて、
業界を代表してお礼申し上げますわ』
早苗の手元を見て、佐和が小さくお辞儀した。
『ああ、これ。
友人の頼まれもので』
書店の手さげ袋を掲げて『中身は絵本です』と笑顔で答える早苗を一瞬で上から下へ検分し、佐和は口を結んで嘆息をもらした。
いかにも仕事ができる女らしい、いざというとき走れるかかとの低いパンプスに、使いやすそうな中型のトートバッグ。
汚れを気にしなくてもいい変哲のないグレースーツは、おそらくノーブランドの吊るしだろうが、それを折りジワひとつ浮かべずにここまで美しく着こなせる女性はそういない。
やや肩を引いた姿勢と襟元からのびる細長い首の上の小顔が、実際より背を高く見せる。
都会の雑踏に大粒の宝石を見るようである。
他の客に通路を空ける形で早苗の隣に立ち位置を変え、佐和が顔をほころばせた。
『私、今日ホントは夏休暇中でしたの。
どうしても外せない打ち合わせで出社して、
それが済んでやっと夏休み再開。
せっかく出てきたのに
このまま帰るのももったいなくて』
佐和は手にしていたドラッグストアの袋をカバンにしまい、独身女の休暇なんて家にいても退屈だ、と笑った。
『映画でも見て帰ろうかと思ってたんだけど、
せっかくお会いできたんだもの。
どうかしら? どこかで食事なんて。
今日の巡り会わせをお祝いしません?』
社交辞令で言っているのではなさそうな佐和の誘い方は、あまりに気さくで、それでいて素性のよさを感じさせる落ちついたものだった。
独身のキャリア女性という、よく似た社会的立場にいる佐和への同胞意識が、早苗の背中を押した。
『安藤さん、お酒は?』
『私はたしなむ程度』
佐和は品の良い笑みを浮かべ、早苗の肘のあたりをそっとひいて店の外へ早苗をうながした。
二人はコンコースを歩いて改札口の前を通り過ぎ、大きな歩道橋を渡って駅の反対側に向かった。