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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
雑踏のざわめきが飲食店街の細長い茜空をつつんでいた。
幹線道路に向かって口をひらくメインの通りには、酒気のまじった盛り場らしい空気がただよい、ときどきタレを焦がした香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。
キャリウーマンらしいきっぱりとした足音をこつこつと響かせながら、佐和が訊いた。
『お嫌いなものなくて?』
『小骨の多い魚ぐらいですね』
早苗の返事に、ふふっと微笑んだ佐和は、『じゃ、骨のないお魚にしましょう』と言って、本通りから一本裏に入った寿司屋の暖簾(のれん)をくぐった。
清潔感のある落ちついた雰囲気の店内には、十席ほどの白光りしたカウンターの両端に二組の客がいた。
空調の効き具合がちょうど良く、佐和に続いて店に入った早苗は、肺の中にたくさん空気が入ってくるような心地よさをおぼえた。
店の主人はあまり大きくない声で『いらっしゃい』と二人を迎え、カウンターの真ん中あたりに手のひらを向けた。
早苗は襟元を軽く嗅いで、香水の匂いが強すぎないか確認し、佐和が腰かけるのを待って席についた。
トビウオとマコガレイの刺身を盛り合わせてもらい、ビールグラスを合わせたあと、半分ぐらいを飲んだところでグラスを置いた佐和は、
『お酒も食事も
ひとりじゃおいしくないものね。
つきあって下さって嬉しいわ』
と、早苗にビールを注いだ。
『ご一緒される方たくさんいそうですけど』
『三十六で独身、
夏休みに行くところもなし。
出会い頭でつかまえた
やり手のキャリアウーマンと
お刺身をつついております』
早苗に注ぎ返されたビールを一口飲んで、佐和が愛嬌たっぷりの笑顔で小さく頭を下げた。
キャリア女性特有の刺々しい印象とはまた違う、佐和のどことなく余裕のある所作に、早苗は好感を持った。