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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
『女が思うままに生きようとすれば、
周囲からはみっともなく映るものよ。
でもね並木さん、気にすることなんて、
何もないのよ』
佐和の笑顔からは早苗の孤独を汲みとろうとする、慈悲の優しさがあふれていた。
孤独を知る者にしか得られない共感を佐和に感じた早苗は、彼女を本当の意味で大人の女だと思った。
煮えたぎる愛をその場その場で交換したとしても、前後不覚の愛情が相手を満足させるとは限らない。
多くの恋愛がそうしたことを佐和に教えたのだろう。
けれども彼女は認めたくなかったのだ。愛が自己に向かって帰結するということを。
だからこそ世間のルールを逸脱しても、愛した男へひたすら真っ正直な愛情を注ぎこみ、互いを満たそうと必死に闘ってきたのだ。
手首の傷跡は、闘いの手痛い代償なのだろう。
私は河村を愛したとき、世の中のルールといったものと隔絶していた。
世間などどうでもよく、さらに言えば河村自体どうでもよかったのかもしれず、自分の恋を成り立たせる存在に身をゆだねていただけだった。
河村との関係が崩れたとき、恋人を失った痛みよりも、自尊心に負わされた傷のほうが痛んだのはそのせいだ。
河村やその妻を恨んだのではない。
私にさげすまれた自分を、私が許せなかったのだ。
では、私にとって圭司はいったい何なのだろう。
私は圭司を愛さずにはいられない。
なぜこうも圭司にこだわってしまうのか。
自慰の悦びを得るとき、圭司を妄想に呼び出すのはどうしてだ。
私は圭司とキスしたい。
身体をこすり合わせ、思うさまセックスがしたい。
そして圭司に私への愛を誓わせたい。
それ以外に私の心の奥底には何があるのだろう……。
早苗は訊いた。
『駆け落ちした昔の恋人。
今も彼のこと、想いますか?』
青金石(せいきんせき)の夜空をくりぬく月が、水辺に浮かぶ鬼火のように早苗の両の瞳にゆらいでいた。
佐和は、光彩きらめく湯面に視線を落とし、手首の傷跡を愛おしそうになでた。
『かさぶたのできない傷口、みたいなものね』
おだやかな佐和の言葉は、早苗の脳の奥で獣の咆哮に変わる。
早苗は思った。
¨あなたを愛している¨
そう圭司に告げなければ、私の愛は、いじらしいあきらめを決して受け入れないだろう、と。