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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
休日の朝、目を覚ました麻衣は慌ててベッドを出た。
小屋の戸を開けたところで駐車場から出て行くワゴンの音が聞こえ、
『起こしてくれればいいのに……』
と、ため息をついた。
近頃とみに忙しくなった圭司は、深夜に戻ったり、夜が明ける前に出て行くことが多くなった。
ここのところ一緒に食事をすることも少なくなり、麻衣は、自分たちの生活面でのすれ違いにさみしさを感じていたが、不規則な撮影条件や業界の常識といったものがわからない中で、子供じみたクレームをつけるのは慎むようにしていた。
ただ、静かに身支度を整えて出ていく圭司を想像すると、なんだか申し訳ない気持ちと、いくばくかのいら立ちをともなった感情をおぼえてしまうのだった。
二度寝するには中途半端な時間だった。
休日出勤で早苗は小屋におらず、麻衣はひとりで朝食を済ませたあと、食器を洗ってから洗濯物を干した。
リビングに掃除機をかけ終わるころには汗だくになっていた。
野良猫たちの様子を確かめるのに鉄扉を開けたとたん、真白な陽射しが視界にひるがえり、きつく目を閉じた。
手庇(てびさし)をして薄目で周囲を見まわすと、ブロック塀の根元にできた小さな日陰にドンとノウたちが身を寄せているのが見えた。
麻衣の姿をみとめたノウは、草の上にへたらせていた頭を敏捷に持ち上げて麻衣と目を合わせ、口の端が耳に届くほどの大あくびをした。
ノウの乳には三匹の子猫が吸いついている。
父親のドンはさっそく麻衣に近よってきたが、照りつける陽射しに子猫をあてたくないのか、ノウはその場で横になったまま日陰から動こうとしなかった。
餌皿に牛乳と缶詰をあけてノウと子猫たちの前に置いてやる。
そうして初めてノウは牛乳に舌をつけた。
『ノウちゃん、
ママになって貫禄でてきたわね』
子猫たちがよちよちと餌皿を囲み、ドンもそれに近づこうとしたが、餌皿とのあいだに体を入れたノウに軽く威嚇され、おとなしく尻を地面につけた。
その様子がおかしくて麻衣が笑うと、ドンは麻衣の方に頭を向けてミャァと力なく鳴いた。
『いいお父さんね。
あとでゆうべの残りをあげるからね』
彼らの世界では子供ができればオス猫は姿をくらますのが普通だが、定期的に餌にありつけるからか、妻と子が愛しいのか、ノウに子ができてからもドンは家族のそばを離れずにいるのだった。