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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
キッチンで手さげ袋の口を開いた滝沢は、恐縮しながら袋の中の容器を配膳台に並べた。
『たくさん作って下さったんですね。
うちは素麺と
ビールぐらいしか用意してないのに、
なんだか申し訳ないですね』
背面の食器棚から器を取り出したり、冷蔵庫を開け閉めしたり、空のビニール袋をたたんだりする滝沢の動作には、日頃から炊事場で動くことに慣れた人の軽快さがあった。
吊り戸棚に伸びる、どんな硬いビンの蓋でも開けてくれそうな、しっかりと筋肉の巻きついた腕が、妙に印象強く麻衣の心に残った。
麻衣はジャケットを脱いで滝沢を手伝おうとしたが、客として招かれた立場で台所へ押し入るのもどうかと思い、『お手伝いしましょうか?』と声をかけるにとどめた。
『大丈夫ですよ。
休んでてください。
いま飲み物持って行きます』
対面キッチンの向こうからダイニングを覗きこむようにして滝沢は言い、ベランダの掃き出し窓を指差して微笑んだ。
『ご覧になります?』
『いいですか?』
『どうぞどうぞ。
隅にサンダルがありますから』
レースのカーテンを開けた麻衣の目に夕日が飛びこんだ。
直樹に引っ張られ、サンダルを履いて奥行きのある広いベランダに出ると、手すりの向こうに視界がひらいた。
『うっわぁ、いい眺め……』
十二階のベランダからの眺望は、想像していたよりもはるかに素晴らしい景色であった。
衰えゆく夕日に染められた紅緋(べにひ)色の空を、目の届く限り満々と広がる凪(な)いだ海が鏡のように写しとっている。
ぬるい海風に髪を吹かれ、麻衣は目を細めた。
蝉の声がシャンシャンと、足もと遠くに響く。
眼下の港町から、かすかに賑わいが伝わってくる。
縦横に立ちならぶ街路灯の白いあかりを目で追うと、海浜公園へむかう車のテールランプが長大な光の帯となって運河の鉄橋を渡り、その先のヨットハーバーまで続いている。
普段は繋留(けいりゅう)されているヨットが、蛍のようにポールライトをともし、続々と沖合いのほうへと出ていくのが見えた。
ハーバーライトを背景に観る花火は、さぞや豪華なものだろうと思った。
手すりから恐々顔を出して、すぐに顔を引っ込めた。
壁のタイル目地が視界にまっすぐ伸びて収斂(しゅうれん)され、マンションの壁と一緒になだれ落ちてしまいそうな気がしたのだった。