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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
冗談とも本気ともつかない言いかたで鼻息を荒くしたあと、早苗は子供をなだめるような口調で続けた。
圭司と暮らす幸福に男の推薦状は何の影響も与えない。
街なかでポケットティッシュを受けとるように、男の罪滅ぼしとして貰っておけばいい。
それを悲しむ者はどこにもいない。
『女が仕事を続けていくうえで、
いろんなことがあるのは当たり前よ。
つまんないプライドでモタモタしてないで、
麻衣ちゃんはもっと幸せになるべきよ』
早苗の助言は、怒りで混乱を深める麻衣を冷静にし、未来へ目を向けさせた。
後日、麻衣のほうから連絡をとり、病院近くのファミリーレストランで男と待ちあわせた。
対応をあらためた麻衣の気持ちが変わらぬよう、男は穏便に話をすすめようと、やけにへりくだった態度で応じてきた。
そうした態度や、ときおり男が口にする謝罪めいたものが、一言たりとも麻衣の心に響くことはなかった。
体裁をつくろい、ぶざまな言いわけを並べたてる男の自己弁護を聞きながら、麻衣は、おのれの選択に胸を張れない男こそ、憐(あわ)れな人間だと思った。
話を聞くうち、この男との別れは、ある意味で不妊がもたらした幸運のひとつではないだろうかと、何ものかに感謝したくなるような気持ちがわいてきて、最後には、この人は私と離れてしまって大丈夫なのだろうか? と心配にさえなった。
男はペラペラとよくしゃべったが、その姿が麻衣には、なにか色のついた空気の揺らめきのように見えてならなかった。
会話のすべてがどうでもいいように思えてきて、もはや男への愛情など一片のかけらも残っていない自分に気づいた。
この人はもう自分にとって大切な人間ではなくなったのだなぁと、麻衣は少しさみしく思ったが、いつまでも続きそうな言いわけを聞くのがおっくうになって、
『もういいですよ』
と、やさしく話の腰を折った。
男はぴくっと身をすくめて、ひきつった笑みを頬に貼りつけ、やっと口をつぐんだ。
推薦状を受けとった麻衣が、『これからもお幸せに』と愛嬌たっぷりの笑顔で言うと、男はすまなさそうに頭をかいた。
店を出た麻衣は、街の喧騒と明るさに祝福されているような気がした。
軽くスキップした。
残酷な仕打ちに苦しめられた。けれども、この別れは必ず幸福につながる。
すがすがしい胸の奥で、麻衣はそう確信したのだった。