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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
 
仕事ができる男だけが放つ特有のオーラは、本人がどれだけ隠そうとしても周囲にまぶしく輝くものである。
中東地域での石油プラント事業で華々しい成果を上げてきた河村からは、まさしくそんな輝きが放たれていた。

入社してすぐ、早苗は河村に夢中になった。
草食だとか肉食だとか男を分ける言葉があったが、河村はそれらにあてはまらないものを感じさせた。

強力な鎮静剤を服用したかのように物静かで無駄口をきかず、それでいて不快な陰気さはない。
内に隠しもった複雑なものを匂わせるどことなく寂れた目つきや、言葉を発する前に見せるごく自然な微笑みが慕(した)わしく、社会人になったばかりの早苗の胸を甘酸っぱくしたものだった。
その河村が早苗には気さくに話し、ある日、¨キミは特別な存在だ¨と耳打ちした。

早苗は舞いあがった。
二人の仲が社内で囁かれはじめても、社内での河村の評価に気を使いはしたが、内心では河村の女であることを誇らしく思っていた。

『好きになった相手に、
 たまたま奥さんがいるだけ。
 不倫の恋なんて珍しいことでもないわ』

気がおけない親しい同僚に、早苗はそう言ったものだった。
いたって欠陥の多い、不倫という生臭い人間関係の実態を、社会に出たばかりのくちばしも固まりきらない小娘に理解できようはずもない。
向こう見ずともいえる情熱と精神の自由が身上の早苗にとって、他人の思惑などどうでもよかった。
大切なことは、自分が恋を堪能できているかどうかだけだった。

もともと結婚に恋着のない早苗に、妻から河村を奪おうなどという考えは微塵(みじん)もなかった。
自分の存在と肉体が河村の精神的な癒(いや)しとなっていることを自負していたし、河村もよくそう口にした。
うぬぼれのシロップにひたされた早苗の肉体は、河村にこよなく愛された。

早苗にとってそれは、河村の妻に対しての残忍ともいえる優越感となった。
いびつな歓喜はセカンドという早苗の立場を満足させ、¨大人の恋愛¨の毒気のひとつとして、むしろその苦味を楽しんだ。

働きのいい男には止まり木が必要だ。
妻という立場では癒せない部分があるのだ。
彼の恋愛の主人公は、私だ。

当時早苗は何の疑いもなく、そう思いこんでいた。



 
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