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マスケッティア・オブリージュ ~凌辱の四美銃士~
第11章 枢機卿の罠
 枢機卿は立ち上がると壁に貼られた大きな世界地図を眺める。

「遠方には北のノールランド、南方エチオピール、そしてトールーク、東国オリエナ……近隣には帝国イグラッドを始めとして公国エスパード、共和プロシエン、皇国イルダリア……。いずれも油断のならぬ諸国が虎視眈々としておるというのに」独り言のように呟く。

「……戦は終わってはおらぬ。何かのきっかけで再燃する。我々は火薬庫の中で生きておるようなものよ。マドモワーゼル・ノエル、我が王国フランツィエは強くならなくてはならぬ。周りの国々を従える圧倒的な力こそが平和をもたらすのだ」

「……」
「世界とは、世の中とは……知るものではなく、守るものでもなく、創られるべきもの。私はそう思っておる。では、何が世を創るのか。わかるかね、マドモワーゼル?」

「いえ……」ノエルは枢機卿の答えを待った。

「……価値の決定が世を創るのだよ、マドモワーゼル・ノエル。例えば」と、枢機卿は懐から一枚のピカピカの金貨を取り出した。

「ここにある一枚の金貨は一フラーナの価値を持つ。そう決められたからだ。そしてそう価値を定められることで金融の、或いは流通の新しい世界が出来上がる……」

 そしてこの執務室でこの孤独な宰相は様々な物の価値に決定を下し、新しい世の中を創ってきたのだ。ノエルはそう解釈した。

 何に価値を置き、何を切り捨てるか……犠牲もあっただろう。残酷な選択も迫られただろう。国事に専心し、家族を顧みぬ、それもまた枢機卿の下した価値の決定なのか。国を想うその心を知らず横暴狼藉を働く息子を、父親としてどう思うのか。

(お辛いことでしょうに……)

 枢機卿の心中を推し量り、ノエルは胸を痛めた。
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