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快楽の奴隷
第14章 下卑た文学
「出来ればその本は出版したくなかった……」

ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、高梨はそう呟いた。

「えっ……」
「その作品は俺だけのものにしたかった……人に読ませずに……」

寂しそうに語る顔は、まるで痛みを堪えているように見えた。

「自分だけのものに……?」
「ああ。小説家だからって自分のためだけに書いてはいけないってことはないだろ? 絵を売らない画家がいるように」

高梨の言葉が何故だか嬉しく、そして寂しくも感じた。
昼の熱気が未だに漂う蒸し暑い夏の夜。部屋はエアコンすらつけられていなかった。
花純は高梨の隣に座り直し、彼の手を握る。

「でも私は嬉しいです……私なんかが高梨さんの創作意欲を湧かせて紡いでもらった作品が世に出てくれて……」
「そうか……それならば良かった……」

高梨は花純の手を握り返す。
しかしその力はいつものような荒々しさがない。
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