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第14章 下卑た文学

花純は甘えたように頭を彼の肩に乗せた。
高梨の趣味でこの部屋の時計は振り子時計を使っている。
その振り子が揺れる温かみのある機械音だけが室内に響いていた。

「この小説のタイトル、何から取ってるか知ってるか？」

高梨は『湖畔を抜けて森の中へ』を手に取って訊ねた。

「いいえ……」
「ヘミングウェイの小説の邦題『河を渡って木立の中へ』から取ってるんだ」
「あ……なんか聞いたことだけあります、そのタイトル」

肩に寄り添ったまま顔を見上げる。
目が合うと高梨は優しく笑った。

「まあ内容は全く関係ないんだけどな……」
「素敵なタイトルで、私は好きです」

花純も笑い返す。
膝の上で握りあった手はお互いの体温を伝えあっていた。
その温度は二人の心をゆっくりと温めていた。

「ヘミングウェイ待望の新作であったこの小説は評論家たちから痛烈に批判された。そしてその後、彼は『老人と海』という傑作を仕上げることになるんだ」