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快楽の奴隷
第14章 下卑た文学
そう語る高梨の目は、なにか思い詰めたような気配さえ感じ取れた。
言い知れぬ不安が花純の中で膨らむ。
けれどまだ、その不安がなんなのか、花純は分からない。

何故か高梨が消えてしまうような、そんな不安を感じて、彼女はその手を強く握りしめた。
決して何処へも消えてしまわないように。

「この小説は今の俺に書ける全てを注いだ。自分にまだこんな力があるんだと思わされたよ……」

ものけのからのような作家は目許だけで笑い、じっとその表紙を見つめていた。

「高梨さんの作品はいつだって素晴らしいです。そして毎回前作を上回るほど面白いてすよ」
「そうか……ありがとう……これが書けたのも花純のお陰だ」

膝に置いた繋がった手を持ち上げ、花純の手の甲にキスを落とす。
それはくすぐたったくて気持ちのいい、官能的な口づけだった。

しかしこの夜はそれ以上の行為には及ばなかった。
相手を思い遣り、時を慈しみながら相手の心の傷を撫でてやる。
そんなまるで老夫婦のように穏やかな時間を振り子の音が満たしていく。そんな夜だった。
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