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藍の果て
第6章 契約の妻

市場から離れたレンガの家は、何時もよりも静まり返っている。
朝食を食べてから、デイジーはリオを連れて出かけて行ってしまった。
ユリアはキッチンから見えるリビングのソファを見つめていた。
日の光を浴びて輝く白銀の髪は、パルバナには珍しく素直に綺麗だと思える。
「何か、飲みます?」
不機嫌そうに顔を上げて鋭い青の瞳はユリアを捕えたが、その警戒心を滲ませる瞳は彼女から程なくして離される。
「あ?あぁ」
素っ気ない返答に、思わず苦笑する。
昨日、自分に興味を持っていると口にした男の反応ではない、そんな事を指摘したくなる胸中を押し留めて、ユリアは珈琲を差し出した。
「昨日焼いたケーキもあるけど……食べますか?」
「いらねぇ。甘ぇのは、嫌いなんだよ」
珈琲カップを手に取って暫く渋い顔で見つめていたが、匂いを確かめた後に漸く一口口に含む。
狼。彼の鋭い瞳は、未だユリアの必要以上の浸食を許さないとでも言う様に、気配に隙は無い。
目の前の男を観察すればする程に、夫であるデイジーとは違うと色々な意味で興味を惹かれる。
視線に気づかれたのか、男の眉間が更に深く刻まれる。
「まだ、何かあんのか?」
「何も無いわ。シルヴァさんも、ブラックで飲むのね。デイジーもね、ブラックで飲むのが好きなの」
唯一、その嗜好が同じであることを口にすれば、忌々しそうに鼻を鳴らしただけだった。
「……。どうして、デイジーを行かせた?こういう状況になるのは分ってただろ?あのガキも気づいてた」
「こういう状況って、どういう状況?」
ユリアがとぼけてみると、不機嫌そうなため息がまた一つ聞こえてくる。
乱暴に髪を掻く仕種をしながら、小さく舌打ちをこぼしている。
「俺に何かされるとは、考えねぇのか?」
「考えないわ」
余りにあっさりとした即答だったからか、肩透かしを食らったように一瞬呆然とする。
こういう一つ一つの仕種は、あの人と違って、この男はとても分り易く出来ているとユリアは思う。
「デイジーの居る前じゃないと、私に何かをする意味なんて無いでしょう。貴方にとって」
そう。ユリアもリオも、恐らくこの男にとっては、デイジーにくっついているおまけ、位の感覚でしかないのだろう。

