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藍の果て
第6章 契約の妻
「一晩明けたら、必ず迎えに来る。だから、頼む」
深々と頭を下げて頼み込んだ男は、そのまま玄関を出て行こうとする。
「待って!」
気が付くと子供の手を引いたまま、ユリアは男の事も引き留めていた。
何故そうしたかは分らない。ただ、目の前の男は、自分に危害を加える為に来たわけでは無いと信じてしまったのだ。
それが、デイジーとの出会いだった。
「夫を亡くした妻のその後なんて、酷いものだわ。
娼婦になったり、人身売買に率先して取引されに行ったり、既に商品の価値しか無い」
昔話を語りながらも、ユリアは目の前の青い瞳を観察していたが、同情どころか当然の事のように珈琲を飲むだけだ。
「弱い男を捕まえたのが運の尽きだ。それで生きれねぇなら、死ぬだけだろ」
バルトの下剋上を生き抜いてきた男の言葉は、極論だ。
死への恐怖も無いかのように平然と語っているが、世の中の人間皆がそうではない。
呆れたような表情を一瞬浮かべたが、生きてきた環境の事も考えれば仕方ないのだろう。
だが、少しだけ興味をそそられるのは……。
「じゃあ、貴方が愛した女性が、他の男に身を売ってしか生きれなくなったら、それでも同じ言葉が言えるのかしら?」
「あぁ?誰に向かって口聞いてんだ。そもそも、俺はそんな弱ぇ男じゃねぇよ。
っつーか、一人の女に固執する程飢えてねぇ。見栄えのする女位、一人死のうが、売られようが、新しいのが寄ってくる。そんだけだろうが」
「……好きな人、出来たことが無いの?」
「何だそりゃ?婚姻は契約だ。強い男に娶られれば、生き抜ける確率が上がる。それだけの話じゃねぇか。
バルトの女は強(シタタ)かだ。お前みてぇな考え方の女は居ねぇと思うぜ」
「私も強かよ。最初にデイジーと契約をしようとしたのは、貴方の言う通り生きていく為だったわ
……、媚びる為に色々な事をしようとしたけれど、デイジーは契約を結ぼうとはしなかったわ」
現に事情はどうあれ、流れる形として住み始めた彼は、決してユリアに手を出そうとはしなかった。
小さな子供・リオの手前というのも、勿論ある様な気がしたが……、ユリアを相手にせずとも、他の女性の影を匂わせる事が多々あった。