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藍の果て
第6章 契約の妻
「ここに来る途中、砂漠であんたの旦那に会った。バルトの兵を二人見かけたから、金品欲しさの奴らに絡まれたんだろうな」
事情を説明しているのだろうが、ユリアの頭には何の情報も入っては来なかった。
脱帽しているユリアの手をゆっくりと取って、小さな何かを置く。
それは既に装飾の施された宝石となった鉱石で出来た指輪だった。
「あんたに、それを渡したがっていた。あんたにどうしても、伝えてほしいと……頼まれた。
"ごめんね、ありがとう”と」
男の口から告げられた言葉のニュアンスが急に優しいものと変わり、ユリアは本当に彼が託したのだと理解した。
このリングをいち早く自分に届けようとしてくれていたのだろう。
最期の言葉が、愛している、なんて永久に縛ろうとしないのは、実に彼らしい言葉だと思った。
リングを握りしめた掌に温かい滴が一つ、また一つと落ちていく。
先立ち一人にしてしまう事を悟り、それでも一緒に居たことへの感謝をくれた彼。
視界が見えなくなるほどに泣き崩れるのを、男は静かに見つめていた。
「デイジー。お話はまだ?そのお姉ちゃんは、どうして泣いてるの?」
ユリアが顔を上げると、男の元へと小さな子供が歩み寄ってくる。
まだ幼さの残るあどけない表情は、心配そうにユリアの事も覗き込んでいた。
傍にちょこん、と座り込んで優しくユリアの頭を撫でてくれる。
「デイジー。駄目だよ、お姉ちゃんに意地悪したら。お姉ちゃん、大丈夫だよ。デイジーは、悪い人じゃないんだ。本当だよ?
私……っ、あっ、僕を助けてくれたから」
小さな子は泣き腫らしたのか、少し腫れぼったい瞳をしていたが、それでも表情を崩してあどけない笑みを見せた。
男は濡れてしまっている小さな子供の髪を撫でながら、ユリアを見つめている。
「こんな状況のあんたに頼むのは悪いと思ってるんだが、この雨じゃ……こいつを市場の辺りまで連れていくのは、無理だ。
一晩で良い。こいつに寝床を貸してやってくれるか?」
視界を遮るほどの雨に、抱きかかえても小さな子供は雨に濡れてしまう。
それに、一人になるのがユリア自身も、哀しみに潰されそうで怖かった。
「あ、なたは……どうするの?」
「俺は、どうとでもなる。だから、こいつを」