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~花の玉手匣~
第5章 蒼い牙に抱かれて
どうして気づかなかったんだろう。磨っている間でも、運んでいる間でも、陛下に献上する直前でも、墨液の状態を最終確認する機会はいくらでもあったのに…。
ぼくは、あまりにも初歩的すぎる不手際を犯した自分自身にうろたえていた。
「も…申し訳ありません……ただちにお取り替えいたします」
ふらふらと壇上に上がり、硯に左手を伸ばす。
この時、ぼくの右手にはまだ空の硯があった。
どちらも片手だけで持つには重量感のある代物だ。
なのにすっかりテンパっていたぼくは無謀にも2つの硯を手にしてしまった。
案の定、手首に相当な負荷がかかり、ぼくの腕は震えた。
「おい……」
陛下が呟いたような気がした。