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妄想シンドローム
第8章 二人きりの夜




 正直なところ、杏璃はプロになりたいわけではなかった。司への復讐を遂げたら、また元通りのどこにでもいる女子大生の生活に戻る心積りだ。


 この執筆はある意味自分のためではある。がしかし、虜になる、もしくはこの先そうなるか聞かれたらば、杏璃には即答出来ない質問なのだ。


 妄想するのは好きだ。浸り始めると周りが見えなくなることもしばしば。


 だが妄想を文字におこす作業は思ったよりも辛く苦しいもので、投げだしたくなったことが幾度もあった。


 泣き言を洩らし、そのたびに春馬から叱咤を受けている現状。


 なぜ作家はこんな苦しいことを繰り返し行えるのだろう。思うように言葉を紡げない苛立ち、最適な語彙が浮かばないもどかしさを、プロで活動する人は感じないのだろうか。


 そんなことを考えているうち、ますます目が冴えて眠れなくなる。


 何度も寝返りをしていたら、ふと扉の隙間に微かな明かりが射した。


 春馬もソファーじゃ寝付けないのかと思い、ちょっと彼と話したら気持ちが落ち着いて寝付けるかもと布団から抜け出す。


 明かりはキッチンにのみ点っており、グラスに水を注ぐ遼子の姿があった。








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